トムセンと突厥文字


18世紀初に突厥文字で刻まれた古代トルコ語碑文が発見されて以来,19世紀末までモンゴルやシベリアで突厥碑文が多く発見された。8世紀に突厥民族が活躍していた頃に作られた。突厥の歴史については,護雅夫著『古代遊牧帝国』(中公新書)がコンパクトにまとめられている。

突厥碑文を解読したのは,デンマーク言語学者ヴィルヘルム・トムセン(Vilhelm Thomsen, 1842-1927)であった。トムセンは,印欧比較言語学者として,ギリシア語,ラテン語梵語など多くの言語に通暁していた。彼が言語学者として歴史に名を残すことになったのは突厥文字の解読であった。

未解読文字の解読に関しては,古代エジプト象形文字解読のシャンポリオンが有名である。シャンポリオン象形文字を解読する糸口を見いだしたのは,現在大英博物館に展示されている《ロゼッタストーン》に刻まれた王の名前であった。《ロゼッタストーン》は聖刻文字・ギリシア語・民衆文字の対訳のテキストがあったから可能であった。

トムセンが突厥文字の解読が可能だったのは,《ロゼッタストーン》と同じように,対訳の碑文が発見されたからであった。1890年,突厥碑文と漢文の対訳碑文が発見され,その後トルコ学者ラドロフが突厥碑文・漢文・ウイグル文の3種の文字による碑文が発見され,文字解読の材料がととのった。これらに碑文に刻まれた固有名詞《キョルテギン》や《ビルゲ・カガン》などの固有名詞,突厥碑文の文字が右から左へ読むことがヒントとなった。1893年,トムセンが突厥文字を解読した。

トムセンの名前は知られているが,彼の顔を見ることは少なく,参考まで写真を掲載した。言語学者泉井久之助は,戦前トムセンの言語学の本をデンマーク語から翻訳している。この本は古本屋でいまでもみかける。トムセンの論文《東トルキスタン》も翻訳しているが,雑誌に掲載されたため,こちらは全く忘れられている。