A. von Gabain: Özbekishe Grammatik


A. von Gabain: Özbekishe Grammatik, Leipzig, 1944, 278s.『ウズベク語文法』,ドイツ語。

著者の故アンネマリー・フォン・ガベン教授は,東トルキスタン出土のウイグル語文献など古代トルコ語文献学の碩学であった。日本の中央アジア・トルコ学では,ガベン教授は古代トルコ文献学の研究者としてのみ知られているが,そんな彼女は第2次世界大戦中に現代ウズベク語の文法書を出版している。

第2次世界大戦中,ドイツ軍は多くのソ連軍兵士を捕虜にしている。捕虜の中に中央アジアコーカサスのトルコ系イスラム教徒の将校や兵士が含まれていた。ドイツはソ連の諸民族工作のため東方局を設置し,捕虜をドイツ軍に協力するよう工作活動を実施している。一部の捕虜は,ソ連軍と戦うタタール部隊に編入されている。ドイツに連れてこられた捕虜から軍事的な情報を収集するだけではなく,捕虜をインフォーマント(被調査者)として,中央アジアコーカサスの言語研究が行われている。

そのような言語研究の一環として,ガベン教授の『ウズベク語文法』が出版されている。この文法書では,1920年代から1939年まで使用されたウズベク語のラテン文字表記が使われている。この文法書は,文献学者のガベン教授が著作した唯一の現代語の文法書であった。

ガベン教授の『古代トルコ語文法』などの著作は版を重ねるものが多いが,この『ウズベク語文法』だけは,戦後再版されることはなかった。ウズベク語のラテン文字表記をキリル表記に変えれば問題なく,戦後も通用したと思われるほど内容的に充実したものである。しかし,改訂再版されなかった。ガベン教授が戦時中の軍部への協力を知られたくなかったのか,それとも戦争責任を感じたのか,そのあたりの理由は不明である。学術的に内容が優れていたが,戦時中に出版され,戦後忘れ去られたウズベク語文法書である。

第2次世界大戦で,日本軍は中国大陸に東南アジアに占領地域を広げたが,陸軍は工作活動として現地民を使ったが,調査活動の成果として,いいか悪いかは別として,学術調査の成果がドイツほど綿密で緻密な調査は残されていない。貴重な調査報告の多くが,終戦により,多くが焼却されてしまったことにもよる。