トカイ詩集


ガブゥッラー・トカイ(Gabdulla Tuqay, 1886-1913)という夭折のタタール人詩人がいる。トカイの心の叫びを記した詩は,現在のロシア連邦タタールスタン共和国タタール人たちが愛読している。

トカイの詩は,ロシア革命満洲など極東に亡命したトルコ系タタール人が愛読したタタール語の書籍の一つであった。故郷を想う亡命者たちは,亡命の地で育つ子供たちに読ませるため,トカイの詩を満洲奉天(現・瀋陽)で日本人が経営している出版社で印刷されている。海外にあった日本人の印刷所とタタール語の詩集の印刷の組み合わせは興味深い。旧満洲では,日本人も異国人であるから,当時としては普通のことであったのであろう。

満洲で出版された,トカイの詩集が神田の古本屋の店頭に並んでいた。これも戦後トルコなどに移住していったタタール人家族が残していった本であろうか。こういった書籍は国会図書館にも大学図書館にも収蔵されていない。在日の異国人の書籍は図書館の収集からすっぽり抜けている。夫人がタタール人であり,タタールの言語や文化に関心のあった故服部四郎教授(言語学者文化勲章受章者)が収集した,奉天など極東で出版されたタタール語新聞などが《服部四郎文庫》として,島根県立大学に残されているぐらいである。